ノートルダム大聖堂にはまだまだたくさんの美術品があります。

この絵はキリストの12弟子のひとりパウロの物語を描いた作品です。
作者はローラン・ド・ラ・イール(1606-16056)です。
制作年は1637年。設置場所はアブラハム礼拝堂です。
お話を続けるとサウロ(パウロが改心する前の名前)がダマスコに向かう途中天からの光とキリストの幻を見てその場に落馬し改心するという場面です。
この馬はそのころ非常に高価なもので、貴族か金持ちにしか持つことはできませんでした、ですからサウロもお金持ちだったのでしょう。
この落馬ということですが、高慢な態度や権力の座から落ちるという比喩によく使われます。世俗の象徴なんですね。
天空からキリストが現れサウロとおつきの者が慌てふためいている情景が実にうまく描かれています。従者の一人派遣を抜き天空を眺めているようです、そしてもう一人はサウロを助け起こそうとしていますがサウロは落馬して目を向いています。
厚く雲が垂れこめた地上の空の一部が割れて天空が開けそこからイエスと天使が舞い降りようとしています。
しかし、イールの下絵にはキリストはいません。多分彼はキリストは隠喩として光だけを描きたかったのかもしれません。そのほうがドラマ効果が明確になると考えたのでしょう。バロック的な画家の表現ですね。
そして馬から落ちたサウロは改心してパウロのなります、パウロはラテン語で「弱い」「小さい」を意味する言葉だったからです。これは新約聖書の「使徒言行録」の中に書かれています。

ノートルダム大聖堂の説教台です これも工芸品として最高の物です
私は今まで説教台について間違えた知識を持っていました。教会には主祭壇があるのになんで、説教台があるんだろう、説教は主祭壇でしているじゃないか?
ところがこれがおお間違え。祭壇はその言葉通り神様に捧げものをするところなんですね聖体の場なのです。
説教台は信者に神の言葉を伝える場なんですよ。でも私は説教台で聖職者が話をしている場面は見たことがありませんでした。
そういえばだいたいはエントランスから向かって左側に演題が置いてあってそこで説教をしているのに気が付きました。
祭壇に聖職者が立つ場合は確かにご本尊様のほうを向いていますよね。
説教台に話題を移します、現在私たちが見ている説教台は昔からの物ではありません、19世紀の大改修の時に再建されました。
フランス革命ではパリは荒廃しました、ノートルダム大聖堂その例外ではありません、すっかり荒れ果てた大聖堂に再び手が入るのは19世紀、ヴィエレ=ル=デュックとラルサスの大改修を待たなければなりませんでした。

ちょっと近づいてみました、大改修の際の設計の思想は「中世の象徴美の復活」だったそうです。そうですね、台の天蓋にの四隅には天使が立ち音楽を奏でています。
細かい柱や、彫刻は直立して上へと延びていきます、あたかも聖堂の高いヴォールトに届くかのように伸びあがっています。

説教台の上部に注目しましょう、像の4体はいずれも翼を持った天使です、天使が持ちラッパは神の言葉大きな音で信者に伝えるという意味を持っていることと思われます。
審判の日についてや福音の伝達又は新生の顕示が象徴されているといわれています。
説教台はオーク材で作られています。
設計者はヴィオレ=ル=デュックですが製作者は分かりませんでした。
全ての面で木工芸の粋が結集した作品と言えると思います。
あなたもノートルダム大聖堂に行ったら見逃さずにこの作品を見てくださいね。
2025年4月訪問 i-phne15pro