ノートルダム大聖堂お宝編まだまだ続きます

お宝編まだまだ続きますよ!

画像は合唱隊席をぐるりと囲む素晴らしい浮彫です。

名称は聖歌隊席の囲いキリストの生涯です。

合唱隊席の壁に設置された浮彫

これだけのものです、制作にも時間がかかったようです。素晴らしく見ごたえもある作品です。

制作は北側と南側の囲いに分かれています。

北側は建築家ピエール・ド・シエルの設計で制作が開始されました。そして

南側はシェルがなくなったので1316年以降建築家ジャン・ラヴィーが引き継ぎ

復活後のキリストの登場までを作成しましたが、ラヴィーもなくなり、その後を引き継いだジャン・ル・プティエが1351年に完成させたといいます。

キリストの生涯の印象的な出来事が見事にこの作品の中に盛り込まれています。これを一つ一つ見ていくと聖書を読んだと同じ理解が得られるというわけです。中世はまだ識字率が低かったのでこういった象徴が必要で、重要な役割を果たしました。

キリストの生涯

この2枚の画像の中にあるかどうかは分かりませんが、この浮彫には逸話があります。それは、この作品のパトロンであるパリ司教座聖堂参事会員という立派な肩書があるピエール・ラファイエル自身の小さな浮彫がこの中にあるようです。次回パリに行った時にその真相を突き止めてみたいと思います。(覚えていれば)

 

次は絵画でキリストの降架 素晴らしい台座に置かれています。

キリストの降架

 

この絵画の作者は調べましたが分かりませんでした。

題材はキリストがゲッセマネの丘で磔刑に処され野ざらしにされた後十字架から降ろす許しが出ます、弟子たちがキリストを十字架から降ろしマリアが悲嘆にくれながらやさしくキリストを抱擁するさまが描かれています。

絵画を拡大してみてみましょう。

 

キリストの降架 トリミング

絵もさることながらこの台座にも様々な装飾が施されています。

下段を見てください、三つのクローバー型の中に緑の植物が彫られています。この形はギリシャ時代に競技会の勝者に贈られた月桂冠の冠がモチーフになっているといわれています。その周りを植物があしらわれていて緑をより強調しています。

その上段にはブドウの蔦と葉が彫られています。

葡萄酒はキリストの血としてミサの終わりのパンと共に信者に振舞われます。

つまりこの絵に表されているきぃすとが流した血を下の段で受けているということになりますね。

 

次は彫刻で、ジャン=バティスト・ド・ベロワ枢機卿の墓碑

ジャン=バティスト・ド・ベロワ枢機卿の墓碑

教会には礼拝堂が置かれていることが多くノートルダム大聖堂においても例外ではありません。たくさんの礼拝堂があります。

礼拝堂には、聖人や高位の聖職者、教会に貢献した人、殉教者などたくさんの方が眠っています。

この彫刻はジャン=バティスト・ド・ベロワ枢機卿(1709-1808)の墓碑です。

ベロワはパリの大司教でナポレオン統治下で教会再建に力をふるった人です。革命期に荒廃した大聖堂を復興させた功労者でもあります。

この彫刻の中央に彫られている人がベロワ和枢機卿です、この彫刻は様々な意味が込められています。ベロワは革命後困窮者の救済活動を進めてきましたそしてこの像にも母子に何か与えているさまが描かれているわけです。

中世以降は母と子どもの像は慈悲の象徴となっています。

右側の男性は聖職者の衣装を身にまとった司教。手には典礼書つまり教会の法規を定めた書物を持っています。手にした巻物には3人の司教の名前が記されています。

彫刻の顔立ちはリアルですが、この像は実在の人物ではないようです、「教会の伝統」や「宗教そのもの」の擬人化であるといわれています。

この二つの像の示すところが、革命で崩壊したパリの教会組織の再建を主導し貧困に苦しむ人々を救ったという二つの意味付けを見事に示しています。

制作者はルイ=ピエール・デジレーで制作年は1819年ー1821年となっています。

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