世代は違えど殉教者たち ノートルダム大聖堂

次の彫刻です。このモニュメントの人は、パリ大司教モンスニヨール・ドニ・オーグスト・アルフという人物ですこの方は1848年のパリの6月蜂起の際に平和の演説をするために積みあげられたバリケードに登り演説を始めた際に銃撃戦が激しくなり銃弾にあたり死亡しました。

 

 

作者はエジーヌ=ルイ・ルクエンヌという人です。制作年は1857年。

設置場所は南側内陣周歩廊「サン・ドニ礼拝堂」です。

 

次の彫刻はジャンヌ・ダルクの像です、彼女は15世紀にパリの街を救ったという逸話と共のパリ市内ではよく見かける彫刻です。

作者はシャルル・デヴェルニユという方です。

制作年は1920年と比較的新しい作品です。

腰には剣を差し、左手に槍を持ちスクット立つ様はとても凛々しさを感じます。

スカートにはユリの紋章が施されており必死に天を仰ぎ祈る表情が心を打ちます。

ジャンヌ・ダルクも死刑になりました。

 

「聖ペテロの説教」

この絵はシャルル・ポエルソン(1609-1667年)が1642年に描いた作品です。

キリストが磔刑にかけられてからキリスト教が弾圧されます。

聖書にはキリストの死後50日後のペンテコステの日にペテロが意を決して説教を始めたと書かれています。

私はこの絵を見たときに右上に描かれているねじれた2本の柱とそれに巻き付く男性に目を奪われました「一体なにが起こったのだろうか」調べるとこれは「曲がった世界」を表現しているということでしたがあまりよく分かりません。

作者はマニエリズムの影響を受けたと書かれているのでマニエリズム特有のねじれの極致なのかもしれませんね。

右側にはペテロの説教を聞いている民衆の姿が描かれまた民衆を制圧するように前面には兵士の姿が大きく描かれています。

しかし、そんなことにはかかわりなくペテロは中央に凛として立ち左手を高く上げ指は天、つまり神を指示しています。そして、右手は真横に差し出されておりまるで、その後ろに入る人たちを守るかのようです。また自らの課せられるであろう極刑に対しての強固な意志の表れととることもできます。

更に、右手下には青い服を着た夫人が描かれていますそして胸には幼子が抱かれています、その幼子は変顔をしていますね、青いドレスは、通常聖母マリアを描くときに使う色ですね、そして幼子の変顔は一般の子どもとイエスを区別する為に良く使われる手法です。

このペテロの足元に横たわる母子は聖母マリアと、キリストの象徴として描かれているのかもしれません。そして幼子の指の先には1匹の犬が描かれています、犬は恭順や素直さを表すためによく描かれる動物なので、その可能性が強いと思います。

2025年5月i-phne15pro