今までに、ノートルダム・ド・ロレット教会の主祭壇までについてお話してきました。
円柱と説教壇、聖母子像を含んだ精緻なこの場の雰囲気、お分かりいただけましたでしょうか?
今回はその先にある主祭壇と後陣についてお話しします。
主祭壇とはその名前の通り捧げものをする壇のことです。主祭壇は説教壇ではありません、ここは人と神との間の神聖な場所なのです。

主祭壇には白い布はかけられていますが、この教会ではそれほど凝った主祭壇ではありません。祭壇の前には生花が行けてあります、時々朝教会に行くと見かけますが、信徒や花屋さんが新しい花に取り換えて周りを掃除します。
画像をご覧ください、ここでは主祭壇と後陣は一体となっています。それを隔てる物は木製の柵があるだけです、それで神聖な場所と一般的な場所が分けられています。
主祭壇の前にの何らかの場所を分ける物が置いてある教会もありますが、ここのは何もありません、主祭壇の周りはかなり自由なスペースとなっています。
その先には円形ドームを持つ半円形のアプスがあります。アーチがある半円形の後陣です。このアプスにも小さな明り取りが付けられています。
この建築様式は古代ローマのバジリカ様式に由来します。古代ローマ時代には皇帝や最高位の裁判官が座る場所でした。
ルネサンス時代キリスト教の中にローマの精神や哲学を取り込む為にその時代の神々をキリスト教の神のもとに統一しました。ですからこの空間もキリスト教の神が宇宙の支配者としておかれる空間となっているのです。
その半円形の中に描かれた壁画を見てみましょう。まず印象の残るのはまぶしいほどの金色です、小さなドームには頂点に明り取りの為の窓が設けられています、ここから自然光が入り込み美しさを増します、またその日の太陽の動きによっても感じが違うのです。
ではなぜこの空間は背景が金色の彩色されているのでしょうか?キリスト教美術においては、金は色ではないと考えられています、昼でも夜でもない、光源が特定できない時間的物理的な法則を超越した世界としてそこに描かれているのです。
ここはその下の色があり影があり時間がある、そんな世俗の世界とは隔絶した天上界として描かれているのです。
描かれた物を見ましょう、中央にはキリストがいます台座に座りその周りを天使が取り囲んでいます。キリストは少し上に視線を遣りその上の存在を予感させます。
そして両手を広げて受容的なポーズをしています「悩める者よ我のもとに来たりて重荷を降ろせ」と言っているようです。
壁画を見るとキリストが手を広げているほかはほとんど動きがありません、そして正面性の強い表現なっています。これは、万能の神としての永遠の存在を現わしているからなのです。
現実性や人間の感情などを卓越した普遍性を表現しているといわれています。
そしてもう一度壁画を見てみましょう、4天使たちはそれぞれに天とキリストを見ています、私たちの視線は嫌でもキリストに向かうという仕掛けになっているのです。
そしてこのアプスのさらに上には天上界が広がっています。神ゼウスがいる天国です、救われたものだけが住むことができる天上界は、アプスに描かれた神の子イエスの裁きと許しを得た者だけが上がれる世界なのです。この様はドーム一面に描かれた壁画で表現されています。
そしてその裁きによって許されなかった者は煉獄に送られるというわけです。
この教会のこの主祭壇と後陣はキリスト教の神髄をこの空間で来るものに見せています。19世紀にはまだ字を読めなかった者もいたでしょう、キリスト教に触れたことがない者もいたでしょう、そのような人々にも視覚を通じてキリスト教の教えを説くのにこの装置は使われてのです。
2025年4月訪問 i-phone15pro