前回はセント・ジュヌビエーブ礼拝堂についてお話ししました、ジュヌビエーブはジャンヌ・ダルクと並んでパリの街を外敵から救った女性です。
今回はノートルダム・ド・ロレット教会の洗礼堂について書きます。

洗礼堂はキリスト教の最も重要な儀式「洗礼」を行う場所です。洗礼とは人がキリスト教徒となる際には必ず受けなければならない儀式です。
手法はいろいろな宗派に違いがあるようですが、カソリック教徒の間では、赤んぼの時に受ける「幼児洗礼」という手法がとられていますが、プロテスタントでは、人がキリスト教を理解してから受けるのが一般的なようです。
礼拝堂を見てみましょう。
半円形上部に描かれているのは三位一体の顕現の絵です、父たる神(右側)と子たるイエス・キリスト(左側)そして精霊の象徴たるハトが描かれています。白衣を着た人たちは被洗礼者です(通常被洗礼者は白衣を纏うことが多いです)
そしてその下の部分
この部分は3枚の絵にわかれて描かれています。
中央はキリストの洗礼ですね、荒野で呼ばわる預言者「ヨハネ」から洗礼を受けています、ここで疑問がわきますキリスト教の十字架はイエス・キリストが磔刑に処せられた象徴ではないのか?
「預言者ヨハネ」の手には柄の長い十字架が描かれることが多いです。
諸説あるようですが、私はヨハネの手に握られたこの十字架もまた、ヨハネの予言であったのではないかと考えます。
聖母子像の「聖母マリア」は少しうつむき加減で、悲しそうな表情をして描かれることが多いのです、これはマリアがわが子の行く末を見通してその終末に思いを寄せているという解釈が主流であることからも伺えます。
そしてその両脇には
向かって左側「アダムとイブ」が蛇にそそのかされて知恵のリンゴを齧ってしまうシーンですね、つまり人間がこのことをもって原罪を背負うことになります、恐ろしいですね、そしてその結果が向かって右側に描かれています、そうですアダムとイブが楽園から追放される場面です。この2枚はかなりドラマチックに描かれています、見る人の心に深く刺さるように工夫されているのでしょう。
背景はすべて金で塗りつぶされています、金は前に説明したように色でもなければ光でもないのです。
中央の像
これは洗礼者ヨハネの像です

この像は近くで見ることができないので、私は単眼鏡で見ました、教会に行く時も単眼鏡を忘れないでくださいね、細かいところまでよく見る為には必需品です。
この像もとてもよくできています、残念ながら表情まではつぶさには見ることができませんでしたが、荒野で難行苦行を繰り返す荒法師的な衣装の纏い方や右手を上げるジェスチャー(これがヨハネのキャッチフレーズです)が本当によく表現されています。
この洗礼堂にはこのほかに天井部分やこのお堂全体に装飾的な絵画が描かれています。
そのお話はまた次にしましょう。
2025年4月 i-phone15pro